赤いフリースを着たオヤジ
その日は島の端っこにある民宿に泊まることにした。
夕方に到着して部屋に案内してもらう。
面倒くさいのか、もうすでに布団が敷いてあった。その隣に大きいこたつが置いてあり、なんともフトンフトンした部屋になっている。
できれば洗濯をしたくて、洗濯機と乾燥機はあるのか尋ねると、「ない」とピシャリ。嫌いだから置くのをやめたとの事。きっとマナーの良くないお客さんがいたために、迷惑を被ったのだろう。
作りもだいぶ古く、トイレのドアがキーキー鳴いたり床を歩くとミシミシ聞こえる。かなり雰囲気があった。
独特の雰囲気をもつお婆とひとしきりの会話を終え、散歩にでかける。
野良猫が多いその集落は、おもに漁業で成り立っていて他の地域のように農地は広がっていない。民家の隣に小さい畑をよく見かけたが、畑に黒いネットがかかっている。山から鹿が降りてきて農作物を食い荒らしに来るらしい。
ここにもし移り住んだら〜と想像しながら歩いていたら、ある看板が目に止まった。そこには
『ここはかつて漁業が栄えたが、殉職する者も少なくなかった。女達は、毎日男達の無事を祈っていた』こんなかんじの事が書かれており、奥の山なりになっているところに無数のお墓が建てられていた。
やっぱり命懸けの大変な仕事なんだなぁ
そうぼんやり思いながら、集落で唯一と言っていい定食屋に向かう。宿の客は俺以外いないから夕食は作ってもらえなかった。でもそこのオバちゃんと楽しい話をして移住しにおいでおいでと言われ、気持ち良くなりながら、宿に戻って寝床についた。
スー…コ スー…コ スー…コ
急に意識が起きた。
頭のすぐ近くで、古い小さい木の引き出しが開けては閉まり、開けては閉まる音がする。
きた
瞬時に感じる。
全身にトリハダが立った。
カラダが一気に硬直した。動いたら気付かれる、気配を消さないと、と思って体を横向きのまま膝を曲げてじっとした。
グググ…
布団の上から押さえつけられた。
金縛りにあった。動かしたくても動かせない。というより、呼吸したくてもうまくできない。
少しして上からの圧が解けた。
まだいる
どっからくるんだ
足の方向にある押入れに目をやった。
押入れは半分開いていて、そこに赤いフリースを着たハゲ散らかしたオヤジが立て膝をつきながら座ってこちらをじとっとした目で睨んでいた…
押入れから降りて ズ ズ ズ ズ とこちらに向かってくる音が目の前まで近くなったところで、止まった。
トリハダが一気にひいた。体が自由になった。
ここではじめて目を開けた。と思う。押入れは完全に閉まっていたし、頭の近くにはテレビがあるだけで、木の引き出しなんてない。ただ夢を見ただけだ。スマホを見ると、3:56と表示されていた。
不気味な雰囲気から幽霊を想像してしまい、夢となったのだろう。この世の心霊現象はすべて、きっとヒトの思い込みによるもの…か
とはいえ、思い出すとトリハダが立つのでしばらく眠れなかった。
翌朝、お婆に
「よく寝れました〜。あ、でも赤いフリース来たおじさんに出会ったんですよそんな人知ってます?」と聞いてみた。
「ん〜?知らないねぇー」
お婆はそう言って笑った。