tepapepe’s blog ~地球散歩~

6年間のホテルマン人生の先に何があるんだろうか

27ヶ国目 エチオピア~地球散歩~

アライバルビザはUSドルのみ受け付けなのに手荷物のほうに入れ忘れ、飛行機搭乗前に仲良くなったアメリカンに初っぱなから助けてもらいなんとか入国。ビザはつくづく苦手です

 

 

 


首都アディスアベバ
TOYOTA車と排気ガス、ガソリンやゴミの匂い、あちこちにいる靴磨き屋、至る所で飲まれるコーヒー。最初はビビりながら歩いてたけど徐々に慣れてきて、すると気付く。エチオピア人、かわいい。用もないのによく話しかけられる。

 

 

場所を尋ねられたけどわかんなくて、テキトーにあっちだよって言ってるのがバレバレな青年の肩を叩くとニカっと笑い返された。

 

親切だしみんな気さくでよく笑う、その笑顔がなんだかかわいい、そんな印象。

 

 

コーヒー豆みたいな(可愛らしいの意)おばあちゃんの淹れるコーヒーに、砂糖をドバッとかけて飲むのがエチオピア流。

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「こいつは予防薬でもあり治療薬でもある代物さ」
そんなマラリア対策に薬局で買った錠剤は5週間分でなんと3ブル(≒12円)。コワイ。

 

 

 

少しダウンタウンの夜に繰り出してみる
ガンガンにクラブミュージックがかかり大麻の勧誘が後を絶たない。
六本木に割と毛が生え揃った感じと想像していただければ結構である。

 

 

 

 

エジプトダハブダイビングでバディだったしゅんちゃんと合流を果たし、部屋がない彼を一晩部屋に匿う。

 

 

 


翌早朝から乗車率300%のバスでガッタガタの悪路を15時間半、ジンカという街に到着した。

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ムルシ族に会うためである。
しゅんちゃんと一緒に、宿で待ち構えていたツアーガイドに提示された金額に「高いねー」と言っている時、日本人8人組グループに出くわす。そしてそこにはダハブから先にエチオピアに入ってた愛ちゃん。いやーなんだろねほんと。満室で、残りの一部屋が高くて、ようやく決めた3つ目の宿で再会を果たす。彼女は彼女で本当は帰国してるはずだったのに、フライトを変更して民族巡りをしていた矢先。旅人同士の偶然の再会は本当おもしろい。

 

彼らの民族巡り最終日に便乗してかなり安くムルシ族とビックバディ族(?)に会うことができた。

 

 

 

 

 

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彼らは金に染まっていた。
いや染められたのかもしれない。

「ディス。フォト。ディス。フォト。」

旅行者が村に到着するやいなや、群がってくるのは触れ合うためではない。写真を撮られて5ブル(≒20円)を得るためである。車で悪路を移動中でさえ子供たちがヘンテコな踊りをして興味をひこうとしていた。事実、彼らに会いに行くためには車チャーター代やガイド代、入村料が必要なのだ。

 

 

 

かつては己を示すためだった主張も、もはや観光客のために施されているようだった。

 

 


とか複雑な心境なくせしてやっぱり会うだけじゃなくて写真も撮りたかった、から何も言えない。むしろ向こうは収入になるし立派なビジネスなんだろうけど。そう、ビジネスなんだ。今やエチオピアを支える一角になっているんだなぁ、と思うとやっぱり複雑になった。特に一番派手なムルシ族がそうだった。

 

 

 

 

 

日本人だけ計10人車1台で巡る1日
逆に新鮮でやっぱ言葉の支障がないってすごい楽。でも偶然の集まってた男女8人。+2人。小さな日本人ならではの社会がそこにはあって、いろいろあって、楽しかった。感謝三昧。

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次の街、カイヤファールでもドイツ人ディークと台湾人スティーブンの5日間ツアーに2日間便乗が決まり、おいしいとこだけいただきまくるまさにコバンザメ状態。

 

 

 

 

いくつかの民族が集まるマーケットのちょうど開催日で、生活の一部を垣間見たり子供たちと追いかけっこしたり。

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その後のハマル族の儀式で、衝撃の光景を目の当たりにする。


我先にと男の前で踊ってアピールをし順番を争って喧嘩をし、喜んでムチに打たれる女たち。誰も悲鳴や痛がる素振りすら見せず、何度も踊り打たれる様は勇敢にも見えたけどやはり狂気の沙汰。

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ブルジャンプ(牛飛び)で盛り上がるハマル族。

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そして夜遅くまで行われたセレモニー。
最高にみんなフレンドリーで、星空の下真っ暗闇の中で踊り、唄い、笑った。
濁った水で作られたビールは最高に不味くて、最高に美味かった。

 

 

 

 

草っ原の中で寝っ転がるも寒さで起きた深夜2時、同じように寒くて寝られない民族たちと一緒に明け方まで焚き火を囲んだ。彼らは離れた集落から1,2日かけて来ているらしく、寝る場所がないらしい。形姿違くても人類みな寒い時は寒いんだね。

 


同じ時を過ごし同じものを飲み同じ空の下で一晩明かしただけだけど、まったく違うはずなのにそんなに違わない気がして嬉しかった。

 

 

 

 


翌日はケニア南スーダンエチオピアの国境付近、ダサネチ族のもとへ。

 

 

 


カメラが大好きな無垢な子供たちに癒され、長老に口に含んだコーヒーをぶっかけられ(ご加護を願う意が込められているんだとか)ビジネスライクではない純粋な民族の村にお邪魔できてみんな本当に笑顔がキラキラしてて。

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ケニアエチオピアの国境を跨いだ後は街に戻りディークとスティーブンとガイドのサラモンに別れとお礼を告げ、トラックの荷台に乗りコンソという街へ向かう。

 

 

夕陽を拝み、荷台に寝っ転がりながら眺めた星空は、トラックがカーブで方向を変える度に見える方角が代わりまさにプラネタリウムのようで。

 

 

 


このような体験をしながら、ツインルームが基本用意されていないアフリカ宿事情のなか、宿代を浮かすためずっと男2人でダブルルームで寝ています。ご想像にお任せします。

 

 


マネートラブルによりしゅんちゃんの費用を立て替えまくり、手持ちの現地通貨ギリギリの状態でひもじい思いをしながらなんとかエチオピア終点まで辿り着き、振り返るエチオピア

 

 

インジェラ(国民食)が不味いとか(実際あんま美味しくなかった)
騙してくる人多いとか
南京虫(ベッドにいるノミ)にさされまくるとか
バス汚い道路デコボコで辛いとか(正解)
色んな前情報あったけど

 

情報が右往左往するなか僅かしかない手がかりのなか何とか目的地に辿り着き。
偶然を引き寄せ思わぬ出来事に遭遇し。
予想外が重なってはじめて最高の体験ができる感じ。

 

 

んーたまらん

 

 

 


すげー楽しかったなんか自分が生き生きしてた。

 

 

とやかく言われてるけど、訳わかんない事言う奴、嘘つく奴、そりゃもちろんいろいろ居るけど俺は好き、エチオピアの人と自然。

26ヶ国目 エジプト~地球散歩~

終わり良ければすべて良し
ならば
終わり悪ければ全部台無し
なのだろか。

 

 


カイロに来て2日目、そんなことを満員の地下鉄の中でふと嘆く。


カイロの地下鉄は終日、女性専用側と男性専用側に分かれてるのね。守ってない人も全然いるけども

 

 

 


俗に言う"ひとつひとつの判断が全て悪い方向にいって何してもうまくいかない日"ってやつ、それでした。

 

 

ダハブってリゾート地からカイロへ夜行バスで向かう途中、一人だけ検問で引きずり降ろされ。

 

 

 

 

 

 

 

 

やーダハブね。しかし良いとこ。ダハブ。

 


泳いで良し
潜って良し
食って良し
飲んで良し
泊まって良し
恋して良し

 

何しても良しなこの紅海沿いの街にイスラエルからやってきて過ごした8日間。

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ほぼ毎日海行ってダラダラして旨いもん食って酒飲んで。エジプト感皆無。

 

 

 

海の中の世界のゾクゾク感はやっぱり最高。深く潜れば潜るほど、地球感じた。

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そして異様に多かった日本人。


大学生がたくさんいたなぁ

みんな休学したりしながら一周したり放浪したり。自分の時はヨーロッパ1ヶ月が限度だったなぁ休学して旅立つなんて思いもつかなかった。思いついてもいろんな意味でできなかったと思うけど。今やネットで資金を募るなんてこともできちゃうし世界が身近になってると感じております。みんな博識で個性的で頼もしくておじさんは感心しちゃったよ。

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と同時に、将来仕事やめないと放浪なんてできないから学生の時にしときたいって思ってここに来てる彼らに自分はどう映ってるのだろうと、考えなくていいことを考えてしまう時間も。

 

 

 


セブに2ヶ月いた時も日本人めっちゃいてみんな仲良くなって海行って飲みすぎて

 

それに近しい感じ。懐かしかった。

 

 

 

 

何日でも居れるダハブだからこそ出発のタイミングは人それぞれ。一緒にここまで辿りついた愛ちゃんなべちゃんともお別れ。

 

 

 

 

 

そして自分の出発の時に事は起きた。


自分を置いて出発してしまうバスを横目に口論する気力が一気に萎んでいく。


いくら叫んでも喚いてももうバスには乗れない。

 

 


近くの空港に行かなければいけないと。原因はエジプトビザにスタンプが押されてないため。無駄にタクシー代を払いまだ最終カイロ行きのバスに間に合うと意気込むも、旅行会社の招聘レターがないとスタンプを押せないと言われ。空港泊のちレターを書いてもらうためと支払わざるを得ない50$。

 

 

 

なにレターって
絶対そんなんやってるの自分だけでしょ
いったい何がどうしてそうなってしまったのか
自分に落ち度がある分ゲンナリ感は2倍

 

 

 

 


カウチで泊まったカイロにあるエジプト人ファティーンのお宅。

 

 

鍵を持たずしてオートロックの玄関を閉めたのち、キャッシュカードを家に忘れた事に気づく。残金150ポンド(≒1,000円)で彼女が帰宅するまでやり過ごさなきゃいけないのに、何を血迷ったか初っぱな博物館の入場料で120ポンド使う。その後ピラミッドへ近寄ろうと試みるも中途半端に挫折。客引きの言い値が安いと思ったメシが「そんな事言ってないメニューを見ろ」と言われ25ポンド使い。文字通りほぼ無一文なのに、隅田川花火大会ばりに人で溢れたマ商店街をひたすら歩いた時、俺はいったい何やってんだと心底思った。

 

 

 

ダハブ出て1人になった途端に1人じゃ何もできない感が相まって沈んだ。

 

 

 


そんな踏んだり蹴ったりの2日間を経て

 

 

 

 


お金と鍵を持つことの安心感に満ち溢れながら、意気揚々とピラミッドリベンジをしようとしてる最中にある親子に話しかけられる。

 

モハンマドはアラビア語イスラム教を子供達に教えている教師で、この日は娘ムハマンを社会見学に連れてきたとのこと。

 

「出会う人みんな家族なのさ。だから誰にでも優しくするんだ。そうすることで死んだら天国に行けるし次の人生でまた幸せになれるんだ、そういう教えの中暮らしてるのさ」

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そんな感じのことを言いながら、モハンマドは朝めし代とバス代を出してくれた。そしてメインエントランスとは別の場所に誘導し、強引に馬に乗せ、馬付きピラミッド周遊を持ちかけてきた。

 

 

 

馬引きとグルなんだね。非常に残念だよモハンマド。

 

 

 

自分の宗教の素晴らしさを引き合いにだして信頼させてってやり方が根っからの性悪人よりタチ悪いよ。ムハマンちゃんがかわいそうだよ。

 

怒りや失望ではなかったのは最初から半信半疑だったから。


モハンマドと惜別の別れをしてからも、あの手この手でラクダやガイドを勧めてくる彼らの工夫だったり駆け引きを、乗るか乗らないかギリギリのラインで眺めるのは逆に面白かった。

 

 


ピラミッドの感想を文字に起こすと、ペトラ遺跡の時とほぼ同じ。

ただただ、「すげーな」って。昔の人の行動、謎すぎ。ただなんだろう、ベタかもしれないけどすごく神秘的な雰囲気というかパワーを感じた。あ、あとツタンカーメンも(ついで)あ、スフィンクス忘れてた。あいつはなんか、老いたな、って感じ(やけくそ)

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エジプト考古学博物館もそうだったけど、子供の数がハンパない。そして頭に巻いたアラビアチックなストールも一役買ってるのか、ひとたび記念撮影に応じると次から次にやってきて一躍人気者。撮影大会になる。アジア人が珍しい地域に突入してることを再確認。

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リゾートの ダハブとぐちゃぐちゃのカイロ、この2ヶ所しか行ってないけどエジプト、街も人もおもしろいと去ってから思えてよかった。

25ヶ国目 イスラエル~地球散歩~

イスラエルという国を嚙み砕くのに、宗教のしの字を理解するのに、2,3日の滞在はあまりにも短すぎた。や、仮に1ヶ月滞在しても同じかもしれないそれぐらい混乱した。

 

 

 

 

 

 

聖地エルサレム

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悲しい背景があって薄暗く混沌としたイメージしかなかったけど全く違った。

 


観光地だった。

 

 

入口にセキュリティゲートがある嘆きの壁
着いた瞬間すごく落胆して裏切られたようなショックを受けた。

 

観光客がごった返し撮影大会
まるで見せ物のような祈りを捧げる人たち
超正統派と呼ばれる黒系統のコートに髭を蓄えた顔、黒ハットを被ったユダヤ教信者
彼らの仕事は、祈ることのみ。

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まるで観光客のためにそうゆう服装をして壁に向かっているように見えた。

いったいどこまで本気なのかよくわからなくなる

 

 

神聖な場所で重々しい雰囲気の中、人々が静かに想いを寄せる冷たい場所

勉強してない頭で思い描いてたイメージのはるか斜め上の景色だった。

 


ただ写真撮りたいだけ、とか記念に信者と同じように祈ってみたい、とかなんかメンタル的に疲れちゃって、ためらった。少しは結局撮ったけど。

 

 

 

でも壁に近づいていって間近で祈ってる姿を見たら、本気で自分たちの神に向き合ってるっていうのが伝わってきた。真剣に聖本を読みながら首を傾け頷きながら一心不乱に祈る姿は観光客なんて目に入ってなかった。

 

 

でもだからこそ写真撮られたり自分たちの場所が一大観光スポットになって人が押し寄せるのは苦痛じゃないのだろうか。どう思ってるんだろう。

 

 

この地で起きた出来事や歴史、思想を多くの人に伝えたい
それぞれ信仰している信者達に聖地を開放したい

 

すごく大事な事だとは思うんだけど

 

 

 

 

それ以前にもはや無宗教の自分たちが訪れる理由っていったいなんなんだという場違い感

 

 

 

 

 

宗教ってなんなの
何が人をそこまで宗教へ誘うの

 

 

 

 

日本人の自分の当たり前と遠く離れた地に住む人の当たり前は全くちがう
というか日本が世界から奇妙に映ってるんだろうな

 

 


イスラエル兵士が壁の前で競うように記念写真を撮る姿を見てもう考えるのをやめた

 

 

 

 


エルサレム旧市街に突如イスラム教のコーランが流れたと思えばキリストの鐘の音が無造作に重なり始め、イエスキリストが死んだとされる教会内の右ではクリスチャンが、左ではムスリムがそれぞれ声高々にお互い干渉し合うことなく祈っていた。ムスリムのある女性がクリスチャンのミサの様子を撮っている様子が印象的だった。

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キリスト教イスラム教・ユダヤ教が密接し混在するカオス

 

 


ユダヤ人街を歩いてみると、今までに感じたことない妙な緊張感があった。
こちらを怪訝そうにじっと見てくる子どもや、時折感じる冷たい視線は、決して他所者を歓迎しているわけではなさそうだった。事実、「出てけ出てけ」とすれ違いざまに一度言われた。

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パレスチナ自治区に足を運ぶ。
街並みが劇的に変わることはないが、おもに自治区を出る際にパレスチナ人は特に厳しいセキュリティチェックを受ける。物価なんかの違いもある。自治区内も外も人はみんな旅行者にとっては、なのかもしれないけど優しいし明るい。ウェルカムウェルカム言ってくれる。治安が悪いとは微塵とも思わなかった。バスが一緒のムスリムの女性はエルサレムからパレスチナ自治区内の学校に通っているという。自治区内のタクシーのおっちゃんは、俺はイスラエルが嫌いだと言っていた。

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なかなか街行く人に本音を尋ねることはできないから、ここでこそカウチで現地人の人ん家にお世話になりたかった。ユダヤ人の家に泊まっていろんな話を聞いてみたかったな

 

 

一緒に歩いた愛ちゃんとなべちゃんから、歩きながら色々教会の事とか教えてもらったりしたけど、この国に来るには圧倒的に準備不足で消化不良だったな。でも、これぐらいで充分だとも思うけど。

 

 

 

やっぱ自然が好きだ。シンプルで爽快だから。(アホなだけ)

 

 


これからどんどん日本人旅行者に会う頻度が高くなってく気がするな
現地人との交流や自分のペースも大事にしていかなきゃ。すぐ流されるからなー

24ヶ国目 ヨルダン~地球散歩~

2017年10月28日 28歳最後の日

 

 

選んだ場所は世界遺産 ペトラ遺跡

 

 


特に遺跡がすごい好きってわけじゃないけど、地球散歩出発前から行ってみたいリストに挙げてた。歴史やらの知識はもちろん皆無。ただただ写真を見て"すげーなここ"って思って目星をつけてて。

 

 

実際目の当たりにして、10回ぐらい"すげーな"って思って20回ぐらい「すげーな」って言った。

 


知識ぜんぜんないけど、「ほんとすげーな」って。

 

 

紀元前とか1世紀ってぐらい大昔の人たちが成し遂げた事ってありえないほど果てしないな

なんでどうしたらそんな発想になって団結して長い時間かけてどこで技術が生まれて…文献の解説を読んでも到底腑に落ち得ない疑問が次から次に出てくる。結果、辿り着く「すげーな」ただただ圧倒された。

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同い年の他人ならもっと違う言葉を用いて自分を表現するんだろうけど、きっと俺はたとえ40歳になっても"すごい"と思った事に「すげーな」と口にするんだろうな。

 

 


幸運なことに愛ちゃんという旅ガールに巡り会えたので、28歳最後の日に1人で過ごし特別な孤独を感じる事はなく。いやはやありがたや。

 

2人で首都アンマン行きのバスに滑り込み到着した時刻28日21時過ぎ。

 

 

 

29日を迎える瞬間をとにかく誰かと迎えたい。
そんな薄っぺらい理由を裏に募集をかけてたカウチサーフィン。

 

 

 

ヨルダン人のドクトルはアンマン市内バスターミナル近くの、Wi-Fiを使わせてもらって待機してるホテルまで車で迎えにきてくれた。

 

ドクトルは本名ではなく、メディカルスクールを卒業し晴れて医者になって彼の友だちがつけたあだ名。そんな彼の家は、キルギスでお世話になったすみれさん宅以来の豪邸で着いた瞬間唖然。ユニスさんというケニア人住み込みホームヘルパーまでいる始末。

 

 

 

サンドイッチを食べさせてくれた後はお互いの国の色んなことを話しながら。

 

 


アダムやハマド、つい先日ドクトルとキャンプに一緒に行ったドイツ人の女子2人や中国人ボーイまで駆けつけてくれて、談笑してたらあっという間に24時を回った。

 

 


まさかのケーキ登場。

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ドイツ語で、アラビア語で、英語で、続く続くバースデーソング。

 

 

 


旅先で迎える誕生日は今まで経験したことのない場所とメンツで忘れられないひと時になった。

 

 

 


まーしかしなんでドクトルがケーキ用意してくれてたかっていうと事前にそりゃポロっとこぼしてたからなんだよね。実は29日が誕生日で誰かが一言おめでとうって言ってくれるだけで最高なんだーみたいな。もちろんケーキ食べれるなんて想像してなかったしスーパー嬉しかったけど用意させた感がハンパなくて苦笑いしちゃった。

 

 


ドイツネームはフカンス、アラビックネームでハラフ

 

新しく名付けてもらった2つの名前を引っさげて29歳の年がはじまりました。

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2017年10月29日 29歳最初の日

 


死海へゆく。
英語でDEAD SEA。いきなり縁起でもねぇ。

でもここも行ってみたかった場所。
そもそも誕生日当日に海パン履けるなんて最高。

 

 

残念ながらドクトルが仕事で身動きとれなかったけど、ホステルに泊まってた愛ちゃん、がそこで知り合ったシュンちゃんとユリさんと行けることに。

 

 

 

誕生日だけはやっぱ1人で過ごすのイヤだったからホント、いやはやありがたや。

 

 

 


塩分濃度が普通の海の10倍で生き物が住めない海、なんてすごい濁ってたりを想像してたけど思ったより綺麗で水が透き通ってた。

 

 

足の力を抜いて後ろに重心を持ってくと自然と足がプカ〜〜

 

 

 

29歳初日にして、浮つく。

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なんだこれ、おもろい沈まない
蚊にさされの小さなキズでもしみる、しょっぱいを通り越してニガイ、そらおサカナさんはこんなとこ住めませんわな。

 

底に固まってる塩を崩して取れる泥で全身パック。30分だけ肌ツルツル。


まさかここに来るまではこの日にこんなとこに居るなんて夢にも思わなかったなー海水が目に入った痛みすらも愛おしく感じるぜ。

 

 

初対面なのに快く誕生日アピール全開の輩に付き合って一緒に遊んでくれてほんとありがとう。おいちゃんは嬉しいよ。

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彼らと別れてドクトルの家に戻るとドクトルはいなかったけど彼の父親を中心に家族に思いっきりもてなされて。てんこ盛りのラムチャーハンにスイートポテトなんかで腹いっぱいで"最高の誕生日だったなー"ってくつろいでるとドクトル帰宅「夜景がキレイなビューポイントまでドライブだ!」

 

 

ドクトルやらアダム達と最後の最後まで彼らは仕事終わりなのにも関わらず。
ドクトルは翌日朝4時半に一緒に起きてタクシーを呼んでくれて。

 

 


バスターミナルで朝7時に愛ちゃんからクリームチーズを顔面に浴びせられ。

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読んで字の如く、たくさんの人に甘えて甘えて祝ってくれと頼み送迎からメシからケーキにドライブ、サプライズにこの24時間いやもっとそれ以上、常に誰かの優しさ温かさに触れながら過ごしました。30も目前になって何やってんだかと思う人もいっぱいいると思うけど、これが俺なんです。楽しんでます。夢の真っ只中です。

 

メッセージやらくれた方どうもありがとうございます。旅中はなおさら心に沁みてます。

 

 

上にはシリア隣にイラクだし、ネガティヴなニュースしかなかなか耳に入ってこないこの国に来て、実際は全く危ない目に合わなかったとしても、それはたまたまかもしれないし何かが起こる可能性が常にあるわけで。何かが起きてからじゃ遅いわけで。来たことに全く後悔はないけど自分の行動に責任を持とうってのを改めて心に留めて夢の続きをまだまだ追い続けます。

23ヶ国目 モロッコ~地球散歩~

なんやかんや2週間いたモロッコ
いろんな街を転々としたけどそれぞれに違った特色があって出会う人も様々だったな。

 

はじめてのアラビア文字、期待と不安高まるアフリカ大陸、だったのは割と最初の方だけで。怒号飛び交うバスターミナルやがやがや騒がしいマーケットはどことなく中央アジアのようでどこか懐かしい感じがした。

 

 

 

 

青い街シャウエンで出会ったコウキ君は、他の人がここを訪れる理由と明らかに違っていた。

シャウエン、通称「青い街」またの名を「ヒッピーの聖地」らしい

 

 

彼がここに来た理由は、他でもない、吸うため。


フィジーやオーストラリアなどで留学を繰り返しその都度クサに染まる、いわゆる草食系男子。青に染まった街など到底興味がない彼に声をかけちゃったもんだからそりゃしょうがない。

 

 

道端にあぐらかいてうだうだしてるヒッピーから安く譲ってもらい、宿のテラスでパイプの先にクサを入れ、火を灯しながら煙を吸い込む。

どうやらだいぶ良質なものらしい。コウキ君が興奮している。それがかなり安く手に入るのだからヒッピーが集まるのだろう。テラスでは他にも吸ってる奴らが何人かいた。

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2人で交互に吸い続ける。コウキ君はかなり上機嫌になってきた。のに、こっちはうんともすんともせず。次第に煙を肺に入れるたびに喉が痛くなってくる。全然おもんない。体に合わないからか慣れてないからか、ただ喉風邪の疑似体験をしただけに終わった。んー無念。

 

 


にしても青い。青いから観光客が集まるものの、そこには普通に人が住んでいる。家の中も青くて、そんな中での生活はどんな気分になるのだろうか。うまくできた料理も美味しくなさそうに見えそうだし、落ち込んだらとことん気持ちまでブルーになりそうだ。少年はすぐ青年に見られるものの、青二才め!といつまでも罵られるんだきっと。街を青くしたキッカケなんかも気になる。

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ここモロッコで、ガラッとコスチュームチェンジすることを企んでいた。のに、迷宮買い物天国フェズでは体調を崩した。頭痛がして体全体がだるい。あーこれ熱でるやつやん、と今までの経験から推測する。入り組んだ迷路のような旧市街メディナを歩いても、店頭の人たちとの掛け合いも買い物も散歩も全然楽しめない。すると床屋が目に留まる。髪切ってスッキリしたら頭もスッキリするかなーとぼんやり考えながら中を覗くと先客がいたのでやめた。

 

しばらくテキトーに右に左に迷宮を彷徨うこと30分、またもや同じ床屋にまたぶつかってしまった。先客はもういない。ここで髪切れってことだと得意の運命付けをかまし、いざ入店。英語が全く話せない店員との会話を諦め、どうにでもなれとあの時はやけくそだった。

 

 


240円の出費の代償に得たのは、ほぼ100%「ニーハオ」か「チャイニーズ?」と第一声をかけられるヘアスタイルである。頭痛はスッキリするどころかひどくなった気がした。

 


でも体調が良くないからこそ特に思う。世界3大ウザい国なんて言われてるけどそうは思わない。無理な客引きなんてしてこないし道端の人でさえ体調を気遣ってくれるし、宿のスタッフさんの頭痛薬でだいぶ良くなった。体調関係なくても、バスの隣のヤツ、ターミナルのおっさん、タクシーの運ちゃん、みんないいヤツ。

 

ウザい人なんてどこにでもいる、でもウザい国はきっとひとつもない。と思う。

 
百聞は一見に如かずとはよく言ったもんだ。

 

次の日240ディルハムの服を60まで値切って買ったりしたけど結局これは700円ちょいするしそれって高いような安いような。相場を知るって大事。そんな自分も店員からしたらウザい客、だったりして。

 

 

 

 

 

 

砂漠と隣り合わせの街、ハシラバッドにてベルベル族のお宅にお邪魔する。

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お世話してくれたのはホッシンとアブラヒムのブラザーズコンビ。そこを拠点にサハラ砂漠で一晩テント泊をした。

 

 

のだが、

 

 

 

 

 

 


サハラ砂漠、なんでだろう、まったく感動しなかった。

 

 

 

 

 

 


モンゴルのゴビ砂漠行って砂漠はじめてじゃなかったから?
天気が快晴じゃなかったから?

 

 

それもあるかもしれない
でも、たぶんそうじゃない

 

 

 


毎日のように行き交うラクダの足跡とそのラクダのケツから出る大量のチョコレートの道しるべによって決められたルートをただ進み、一直線にテントを目指す。アブラヒムがしきりに「スゴイネ~スゴイネ~」と覚えた日本語を繰り返す。

 

 


灼熱の太陽、過酷な大自然、珍しい生き物たち。サハラ砂漠というワードを勝手にそうイメージしてた結果、たった1泊しかしなかったのだから当然なのかもしれないけど、ビジネス感溢れる光景にギャップを感じてしまったんだろう

 

 

 


フォトジェニックな砂漠よりも、星空よりもサンライズよりも、同じテントに泊まったオランダ人のナタリアとガイド達とベルベル伝統打楽器をポコポコ叩きながらアフリカっぽいよくわからん歌を夜遅くまでゲラゲラ笑って歌ってたことの方がよっぽど印象に残って楽しかった。

 


砂漠から水を引き畑で野菜を育て、飼っているヤギは特別なお祝い事の時に食べるため。食卓はいつも男女分かれて同じテーブル囲むことはないらしく、お互いリスペクトしているからだそう。土を積み重ねる家の造り方なんかもおもしろかった。ベルベル族てのはざっくり言うとモロッコの先住民のこと。興味深い彼らの暮らしぶりに少し触れられてよかった。

 

 

 

 

 

 


親切ブラザーズに別れを告げ、ヒッチハイクを混ぜながら次に辿り着くはトドラ渓谷。
大きな断崖が人を飲み込まんと連れ並ぶそこで、宿で会ったゆかりさんとロッククライミングを体験した。

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はじめてだったから35mまでだったけど、高ければ高いほど気持ちよさも比例するんだろうな。幼い頃から断崖で遊びながら育ったインストラクターのシシャモくん(あだ名)が命綱なしでひょいひょい登っていく姿はえらくかっこよく見えた。

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ロッククライミングの後は1人で岩山を突き進む。宿主のみちよさんはトレッキングって言ってたけどこれもある意味ロッククライミングだ。道無き道を進み何回も軌道修正しながら辿り着いた山の頂上付近ではノマドの人たちが暮らしていた。岩穴を作り、テントを張り、彼らは自然に溶け込んでいた。時々山を下りて街へ出るらしい。あの過酷な道を往復するだけでも相当大変なのは身をもって知っている。言葉少なながら自分たちの家を説明してくれて、ベルベルウィスキー(伝統的なお茶)と手作りの焼きたてパンで突然の訪問にも関わらずもてなしてくれた。モロッコのどこの店で食べるパンよりも美味しかったな。

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トドラに来る前にフライトチケットを買っておいてよかったと思った理由は2つ。
まず、みちよさんが作ってくれた日本食がどれもこれもめちゃめちゃ美味しくて。とくに最終日に出たチキン南蛮が「白米+濃いおかず」の組み合わせがたまらなく好きな自分にとって最強の晩メシだった。

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川で洗濯したり手伝ったり同じ屋根の下で寝る旅人達と星を見たのもいい思い出。今までで一番長くてぶっとくて大きい流れ星を見た。

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川を歩いてると現地の女子供が集まってて、フィアンセにどう⁉︎この子は⁉︎この子も空いてるわよ‼︎と、どうやらここでは選びたい放題だ。将来安泰。

 

 

 

そして、みちよさんのお子さんアヤちゃん。


「お兄ちゃん、あそぼーぜ」から、
たくさん走り殴られ引っ掻かれ蹴られ噛まれ舐められ笑った。


本当のお兄ちゃんならいいのにとかもう1泊すればいいじゃんとか言われちゃあもう30手前のおいちゃんの心わしづかみだよ今までで一番出発が辛かったよ。

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チケット買ってなかったら絶対ずるずる滞在してたな。

 

 

 

 

 


ウズベキスタンアゼルバイジャンを経てまたもやバッタリ遭遇したしおりさんと一緒にいたりなチャンとマラケシュのフナ広場を歩く。

 

蛇使いにペットボトル釣り(!?)、トークショー(!?)に伝統ダンスショー。多くの人の輪ができ、100以上ある屋台エリアでは客引きが声を荒げる。次の日は1人で少しだけ歩くと気付く、やっぱり女の子のほうが圧倒的に声かけられるんだなぁ、と。それも温度差がちがう。昨晩と客引きのテンションが明らかに違う。男旅より女旅のほうが刺激的なのかなーでも大変なのかなーとか思いながら屋台で飯を済ます。

 

この辺ですでにモロッコ満足タンクがほぼ満タンでもう新たな思い出は要らないモードに切り替わっており、残りの時間をネットに充て、出費を最小限に留め、黄熱病の予防注射を済まし、宿が高いからと空港で丸1日以上過ごし、空港職員と少し格闘したのち、モロッコを後にする。

21ヶ国目 スペイン~地球散歩~

ロンドン→スペイン→ポルトガル→スペインと移動したため、ポルトガルを先に投稿しました

 

 

 

 

犬も歩けばガウディに当たる

そんな街、バルセロナ


えっ今日カンプノウ(バルサのホームスタジアム)で試合あるじゃん。

 

 


スポーツバーで観てたけどどうも試合の様子がおかしい。やけにボールを蹴る音や選手の声がでかく聞こえる。観客ぜんぜん、ってか1人もおらんじゃん

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隣のおっさんに聞いてみる。
「ああ、独立問題のせいで無観客試合になったんだ。俺もチケット買って楽しみにしてたんだけどよ、入れなかったよ。まぁ払い戻しはされるんだけどな」

 

 


なんてこった。なんかニュースで見たぞカタルーニャ独立問題。えっ今日運命の投票日なの?治安部隊も動いたらしいけど。すごいタイミングに来ちゃったもんだ。

 

 


広場になにやら人が集まっている。なにかイベントがあるのかなと見ていてもそんな様子ではない。よく見ると報道陣がズラリ。

 

 

近くの男女に聞いてみる。
「俺らもわかんない」

 

 

すると近くのおっさんが教えてくれた。
こっちの建物は市議会で広場を挟んだ向かいはスペイン政府の建物。


まさに今回の騒動にうってつけの場所ということだ。デモ、というほどではないが独立させろ、と政府の要人に訴えたい人がこうして集まっているのだろう。

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デモクラシーと読める

 

 

 

街は変わらず観光客でごった返し、騒動の渦中とは思えない平和っぷり。しかし一夜明けて、あちこちでスペイン国旗ではなくカタルーニャ州旗を身に纏う人を見かけた。そして特徴的なのが、そうしているのは圧倒的に若者だということ。カワイイから付けてるだけ、とファッション感覚なのかもしれないがこのへんが日本と大きなギャップがあるよなぁ、と感じる。

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現にカタルーニャが独立しようがしまいがあまり興味はないけど、レアルvsバルサが見れなくなるのだけは嫌だなぁー。スペイン料理が美味しくなくなっちゃったら嫌だなぁー

 

 

 

んなわけがなく

 

 

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一口食べて、あ、もうバルセロナいいや、と思った。それほどの味。

 

 

 

 

犬も歩けばガウディに当たる
俺が歩けばビーチに行き着く

 

満腹+砂浜+太陽=昼寝。

 


起きたら遠くにやんややんやしてる若者たちを発見。オラァァ(あいさつ)

 

イケメン細マッチョ軍団とビーチバレーしてたら日が暮れる、そんな1日。

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どこも観光名所行ってなかったけどサクラダファミリアはさすがに拝んどいた。
工事で張られてる網が蜘蛛の巣に見えて、これはこれでアリだなぁ

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マドリードのマヨール広場。
当時19歳、たむとの最も感慨深い思い出の場所の一つは、その思い出のように色褪せることなく残っていた。
当時もあったのかな、新しくできたのかな、サンミゲル広場というタパスって様々なおつまみを1ユーロから頼める楽しい呑んだくれスポット。言っちゃえば美味しい生ハムだってスーパーでこれまた1ユーロで買えちゃうからね。このへんがもう本当にスペインだーね。

 

 

 

警官がカッポカッポ鳴らしながら馬を歩かせてるのもスペインだけど、突然その馬がボトボトボトォ‼︎と綺麗な装飾の建造物の真ん前で糞をした。あーあれどうすんだろうなーと見てたらそのまま放置して行ってしまった。

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のちのち清掃業者に連絡でもしてんだろうけどそれでいいのかマドリードよ。

 

 

 

 

 


古都トレド。うん、いい街並みでした。

 

 

 

 

 

 

 

サラマンカではリュウさんという3年そこに住んでる中国人に招待された。


スペイン屈指の大学生街というここは若者がたくさん。スパニッシュピチピチバインバインねーちゃんと遊びたいならここは一番オススメかも。住んでる人ならではの安くてうまいバルを3,4件はしごしてスペイン料理を満喫。酔って寝てるフリして股間に手を伸ばすとこ以外彼のホスピタリティは素晴らしかったありがとうリュウさん。

 

 


そしてサラマンカからポルトガルを周ってスペインのセビリヤは1泊だけ。


すごく整備された綺麗な街で見どころもたくさん。1泊は惜しいと思わせる場所。

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闘牛って年中やってるわけじゃないんだね。隙あらば見たかったけどでもその代わり世界中の屋台が軒を連ねるお祭りをやってて、そこのステージでフラメンコ観れたからOKとしよう。豪快に炙られる肉の塊を見てギリギリまで心揺さぶられたけどヨーロッパで結構金使った感あったので我慢…しつつスーパー寄って憂さ晴らしラムチョップおりゃあ‼︎

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ヨーロッパおしまい!
タリファという南スペインの港町を目指し、次なる大陸へ。
ヨーロッパでサッカーできなかったな。

22ヶ国目 ポルトガル~地球散歩~

夜11時ごろ、この日の目的地、ポルトガル第2の街ポルトの中心地からほど近い宿にパトカーの後部座席に乗って到着した。

 

 

 

 

 

 

 

遡る事6時間前、スペインの街サラマンカにてヒッチハイクをほぼ完全に諦めかけていたその時、2人のポルトガル人が乗った車が停まった。サラマンカ在住のリュウさんオススメのポイントで1時間、自分の思う最適ポイント、ハイウェイ手前のガソリンスタンド付近まで1時間歩いてそこで2時間。強い日差し、予想に反して多くない交通量に根拠のない自信が薄れていく矢先だった。

 

 

 

なんでヒッチハイクしていたかというと、40€(≒5,300円)というサラマンカポルト間のバスの値段が無性に気に食わず、こんなん払っとる場合か!とまぁ要するにただのアホである。

 

 

27歳のフイミラーと28歳のブルナルド。なんと2時間前に一度ヒッチハイクしてる様子を見かけ、たまたま同じ道路を通ったらまだやってたので停めたとの事だった。

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彼らはオリーブをオイルなどに加工してそれを売る仕事をしている。彼らが説明してくれた通り、国境付近からオリーブの樹がそこらじゅうに成っていた。しかし雨が全然降らず熱波が猛威を振るい、空気が乾燥し、彼らの仕事はもちろん暮らしにも良からぬ影響が出ているとのこと。現にドライブ中に山火事を2ヶ所も目撃した。今年6月には多数の死者を出す山火事が起きた程に、事態は深刻だ。

 

 

そんな彼らの住まいはポルトからおよそ150キロ離れたミランデラという小さい街。そこまで連れてってもらって、そこから10€(ガッツポーズ)でポルト行きのバスが出てるのでそれに乗る事に。

 

 

 

バスまでの1時間弱を一緒に待ってくれるという2人の優しさに甘え、カフェに入ると彼らの友達がいた。少し談笑したのち、なんとその友達のうちの1人の年配のおっちゃんジョンが、これから車でポルトに帰るから乗せてってくれるという。ジョンはかなり独特の空気感と癖のある英語のアクセントの持ち主で、150キロの2人きりのドライブに少し抵抗を感じたが、絶対悪い人ではなさそうだし何より10€浮く!ので即決。ジョンはサンドイッチと飲み物、洋菓子をごちそうしてくれた後、ポルトまでぶっ飛ばした。

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そう、めちゃめちゃぶっ飛ばした。

 

予測不能な急アクセル急ブレーキ

幹線道路で爆走してたかと思えば、ガールフレンド(!?)やら家族やらと電話するために急に減速しながらポルトガル語で通話。

 

久々に死をイメージした。

 

あと30キロほど来たところで、路肩のスペースに急停車。こっちは早くポルトに着いてほしかったが、さすが乗せてもらっておこがましいので小休憩に付き合った。

 

車と少し離れたところでボケーっとしてたら突然1台のパトカーがすぐジョンの車の隣りに停車。

 

 

 

あー職質かなんかかなー

 

 


警官と会話してるジョンのボルテージが少し上がっている

 

 


あースピード違反かなー
そりゃしょーがないよアンタあんだけ出してりゃ。俺は一銭も負担せんぞー

 

 

「おまえもちょっとこっち来い」と手招きされ、入国審査のような質問と荷物チェック、パスポートをホールドされ、ここにいる経緯を説明させられる。

 


「この人(ジョン)とはどういう関係?」
→数時間前に初めて会いました

「なんで知り合ったの?」
サラマンカヒッチハイクしてそれから…

「なにかおかしな事とかなかったか?」
→なにも!彼はいいヤツさ

 

 


そして長いことジョンと警官が口論している。スピード違反にジョンが反論してるのか?明らかに彼はヒートアップしている。ポルトガル語で訳がわからなかったから、何が問題なんだ、と割って入ってもちょっと待ってろとしか答えてくれない。

 

 

 

 

「君はここからタクシーで宿に行きたいか、それともこの男に引き続き送ってもらいたいか?」

 

もちろんジョンさ、早く向かわせてくれ疲れてるんだ!と答えたもののどうやらスピード違反ではなさそうである。ジョンを危険視しているのか…?

 

 


だいぶ経ってから結局、「テペイ、君はこれからパトカーに乗ってオフィスで簡単な書類を書き、問題がなければ5分で終わるからその後宿に送ってもらう。それでもいいかい?」とジョンの口から告げられ、「OK(少しワクワク)」と即答した。もはや長い話が終わるならなんでもよかった。

 

 

 

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ポルトまで30キロを残し、ジョンに別れを告げる。そしてパトカーの中で、衝撃の事実を告げられた。

 

 

 

 

「今だから本当のことを言うと、パトカーを呼んだのは実はあの男(ジョン)なんだ」

 

 

 

 


「ジョンは見知らぬ外人を乗せて走っている状況に恐れを抱いたんだ」

「………⁉︎ でも最初に誘ってくれたのはジョンだよ⁉︎」

 

 

走っているうちに気持ちが変わっていった、ということなのか。しかしそれならなんであんなに長い時間口論し続けていたんだろうか。

 

 

「ところが我々と話しているうちに、また君に興味をもったらしい。最後まで送らせてくれと頼まれたが、君のより安全な方法を我々は選択した」

「実際彼は危ない男ではないし、君も書類を提出する必要はない。これは本当に珍しいクレイジーな出来事だよ」

 

 

まったく色んな事が起きるもんだ。

人生で初めて乗ったパトカー。ポルトガルのパトカーはTOYOTAだった。TOYOTAすごい。色々話して和気あいあいとなった警官を翌日飲みに誘ったが残念ながら仕事だった。

宿のおばちゃんが心配そうな顔で温かく迎えてくれた。

 

 

 

 

 

翌日、フイミラーとブルナルドにおすすめされたフランセジーニャとやらを街中で見つけたので訳もわからず頼んでみた。

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ベーコン、ハム、豚ロース?、チーズを厚切りトーストで挟み、目玉焼きを乗っけて最後にビーフシチューみたいなスープをぶっかけるという、社会人2年目1人暮らしの買い物行くのが面倒な若者が家にある食材を全て駆使し最後に前日親が訪問して作ってくれたビーフシチューの残りをぶっかけたかのような豪快かつ大胆なポルトソウルフードである。

 

味は見た目通り。普通にうまい。ややしつこい。そしてボリューミー。
ロナウドもこれを食ってでっかくなったのかな

 

 

 

 

 

 

ポルトは坂道や階段が多く、思わぬ景色に遭遇するのが楽しい街だった。

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首都リスボンでも起伏のある街並みは変わらず。バリアフリーどうのこうのよりも最初から坂や階段が多いところで住み続けてたら足腰も衰え知らず!な老人ばかりになるのだろうかと考えてみたり。いや全員が全員そうはならんだろうなぁ階段が苦しくなったら別の場所に移動せざるを得ないのだろうかはたして。 

 

有名なお店のリスボンならではのエッグタルトはパリふわとろ。

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あっれここスイスだっけかと錯覚しそうになるほどスイス代表ユニフォームを着た人をたくさん見かけた。ユニフォーム着て、旗を掲げ、チャントを吠えながら酒を飲み。最高に楽しそう……

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もしかして…と聞いてみる


そうなんとW杯欧州最終予選1位スイスと2位ポルトガルの直接対決がこの日この場所であるという‼︎‼︎

 

 

 

これを見ず何を見る
これは間違いなく天の導きだ

 

 

街の人の言う通り、チケットを買うためすぐさまスタジアムへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「全席ソルドアウトです」

 

 

 

 


それから先のことは覚えていない。
何もやる気が起きず覚えるに値しない時間を過ごした、という事だけは実感がある。

 

 

 

 

 

 


スペインに戻るバスのチケットを45€で何の抵抗もなく買った。